炎上

燃え盛る炎、立ち込める黒煙と熱気の向こうから、恐るべき速度で迫り来るそれの気配を察知すると、臥せて沼女を誘い込んだヌはいよいよ決断を迫られた。
沼女の作戦とメテオラの進路を予め把握していたヌは両者を激突させ沼女を間接的に滅ぼす作戦を実行に移した。
思惑は叶う所となり、沼女は擬態したヌに指一本触れることなくメテオラの突進によって吹き飛ばされたわけだが・・・ここで計算違いが生じる。

反対方向から飛来する火の鳥、撃鉄。丁度メテオラの真正面からやってくるその難敵は、凶暴化したメテオラとぶつかり合いおそらくどちらかが確実に潰れ、片方も無傷では済まないはずだった。
あとはヌ自身が忍び寄って暗殺すればいいだけだった。


しかし、偶然にも。
沼女が振りかぶっていた呪術刀、高密度の呪力を付与されたその切っ先が、激突した瞬間に直進するメテオラの進路を、僅かに逸らした。
無論パワー負けした沼女はそのまま吹き飛ばされたわけだが、軌道を微かに曲げたメテオラと撃鉄の進路は、僅かに重ならない。

交錯は一瞬、しかしぶつかり合うことなくやり過ごした両者は、あまりの対速度であったがためにお互いの存在を認識する事すらできなかったかもしれない。
ともかく、これで漁夫の利を得るという作戦の常道は狙えなくなったということである。
ヌは瞬間、思考し、嗜好した。

どうすれば、自分の好む展開に持って行けるだろうか、と。
沼女が撒き散らした火炎は塔内部をことごとく炎上させ、ヌは一切の身動きが取れなかった。
ここで戦っては、炎を統べる鳥である撃鉄にヌが適うはずもない。
ヌは慎重に、それでいて速やかに自身の存在を薄めると、自分の肉の体を司っている神経系を一旦切り離し、再構成した。
ヌが数多くの目と腕、頭や口を持っているのは伊達ではない。その行動にありとあらゆる選択肢、状況を打開するための物理的な詭弁を用意するためである。
切り離した神経系がマナとなって拡散し、炎に包まれた世界に僅かな間隙を形成する。空間に残った僅かな水のエレメントリソースを用いたヌは、自身を包み込む極めてうっすらとした水の膜、鏡面を作り出した。
屈折する光がヌの居場所を覆い隠し、炎が水を蒸発させるまでのたった数瞬だけヌの姿が隠蔽される。
されど、神速で虚空を疾駆する撃鉄から身を隠すには、その数瞬で充分。


ヌがその姿を露わにした時、撃鉄は遥か彼方へ姿を消していた。



その先に、奇妙な邂逅を果たした三人が居るとは、露知らず。