第五の獣〜ナイトシュリーカーの女〜

時の獣。咎を殺す獣。

その刃はあらゆる罪を洗い流し、ただ風のように唐突に現れ、消えていく。
諦念と忘却を司り、万人の意識からその存在が忘れられた時、突如として現実に浮上し、圧倒的な幻想と旋風で世界を満たしていく。

本当の脱落者

ヌの刃は、狙い違わず剣華、六娘祭の心臓を貫いた。
完璧なバックスタブ。斬撃のシンプルにして強力な一撃はどんな奇跡の介入も許さず、少女の命を奪っていた。
いた、筈だというのに。

「何故」

力を失った矮躯がよろめき、背後へと重心を移し、


「どうして、まだ動ける・・・?」


ゆらりと、死体がふりかえった。


双の刃を引き抜いて、剣華は龍の殺意を纏ってヌに牙を向く。
致命傷を負ったまま、いかなる自体が起こっているのかも理解することなく、ヌは次の瞬間前進を切り刻まれて死亡していた。




奇しくも、それは黒の巨人の敗北と同時刻。
互いに、相手を倒したと確信した次の瞬間の期せぬ敗北であった。

numb

それが自分にとっての奥義であると、ザリスはその瞬間、確信していた。



全身を高ぶらせ続ける、下半身の胎動。だがそれは、今やザリスの心のあり様を根本で支える原動力になり始めていた。
熱を基点とする、発熱を常態とする精神。
鼓動が加速する。それでいて、彼女の精神状態はひどく安定していた。
高速状態で安定した精神と肉体。流れ出す血液は全身に酸素を供給し、うねるような熱の波が女の身体を沸き立たせる。
高揚と、緊張。戦闘においてつきまとう精神の変容の中、しかし同時に、その心が酷く静かな様態に置かれている事にザリスは気付いていた。森閑とした湖面の上、静寂に満ちた死帯の如く、風を切り裂く勢いのザリスはある境地に達しつつあったのだ。



バラバラに飛散する車椅子。背後から迫り来る熱線。が、絶体絶命の窮地において、ザリスの心に泰然と根を下ろした大木は、急速な生長を始めていた。
宙に投げ出されたザリスは、そのまま手を前に突き出し前傾姿勢をとると地表すれすれに掌を接近させ・・・接触させる。肘がばねの様に沈み、次の瞬間伸びきった腕がザリスの全身を高みへと押しやる。

黒い巨人の破壊光線が魔力を宿した車椅子を破壊し、人間一人分の「手ごたえ」をメテオラに与えていた。そしてそれは、理性無き破壊の巨人にとって致命的な隙を与えていた。

腕の力のみで高く飛び上がった、ザリスの肉体。
倒立の姿勢のまま、ザリスは重力に従い落下していく。








メテオラの理性と感覚は、既に消失していた。
もはや理由も失われた、意味すら存在しない巨人の変質は、しかし彼の本質的な部分・・・・・・「ただ、前進する」という点のみは完全に残していた。
故に、機械の如く、現象と化して漆黒は疾走した。眼前の全てをなぎ倒し、加速し、蹂躙し、そして前に足を踏み出す為に。

邪魔なものを駆逐する。前方の邪魔なものはことごとく拳と脚と熱の光で消滅させる。
今しがたもまた、邪魔な障害物を破壊した。
そうして、メテオラはなんの憂いも無く前進を続け、


突如としてその眼前に降り立った奇怪な女を見て、即座にこぶしを振り上げた。
感情が無い故に。タイムラグなど存在しない。機械に隙など無い。メテオラはその刹那、障害物を粉砕できたはずだった。
だというのに、どうしたことか。
その拳が、何故か遅れた。
そしてそれこそが、致命的な要因だった。

眼前の女は奇妙な姿勢で倒立していた。両手を地に着け、しかし両足は力無く折りたたまれており、均等でない姿勢は重心を下げ、女の腕に過負荷をかけている。
そのはずなのに、女の腕は僅かたりとも震えは無く、確かな安定感で全身を支えている。
ずり下がったローブがペチコートごと捲れており、女としては致命的な体勢である。されど地表近くから僅かに覗くその表情に迷いは無い。まるで大樹海の最奥のような闇と静寂が、女の瞳に浮かんでいた。
メテオラは、あらゆる感覚を、感性を消失させているにもかかわらず、自身が動揺しているのを確かに「感」じた。
減速。気圧された巨人の前進に、あろうことか遅滞が発生した。
ぐるりと、腕の力だけで女の全身が回転した。
両腕が交差され、撓む腕が軋み、力が大地に集約されるかのようにその地点を中心に静謐が拡大していく。巨人が、両腕を前方で交差させた。
防御の姿勢を、此処に来て巨人は初めてとったのだ。





車椅子で生活する人間というのは、車輪を腕のみの力で回さねばならないために腕力が凡人よりも発達しやすいといわれている。
特に車椅子競技などで鍛えられた障害者、車椅子バスケや車椅子マラソンなどといった、健常者のそれよりもある種過酷な性質をはらむ競技の選手たちは、その腕力において健常者たちを遥かに凌駕しているという。


幼少期に下肢に障害を負い、以来修行と戦闘のほぼ全てにおいて車椅子で望まねばならなかった女魔術師ザリスは、必然的に過酷な環境下での車椅子移動の習熟を強いられた。
超高速で疾駆する車椅子マラソンを凌駕する全力疾走。
激しい激突とコンセントレーションを要する腕の切れ。
そして、障害物や悪路を制覇する、車輪をおさえつけるための制御力。
十年にも及ぶ過酷な車椅子生活は、ザリスに驚異的な腕力を与えていた。


魔術師ゆえに、不要と割り切っていた腕力。だがここにきて、ザリスは間違いなく、己の力を全て出し切ることこそが勝利の必要条件なのだと理解した。
尊き膀胱が、今頭上に掲げられている。
高みで安定するこの熱量は、いまザリスの体内を駆け巡り、重力によって完全な安定を見ている。
ザリスは、蓄えられ続けた熱量が、完全な安定と共にその前進を駆け巡るのを感じる。同時に、肉体を支える腕、大地に根付いたかのような両腕が燃え上がるような熱を持つ。
今ザリスは大地に生える巨木である。大地と融和し、森羅と共にあるザリスの前にある万象は、即ち彼女の一部であるとさえ言えた。
ザリスの世界が、そこにあった。


眼前の、さかさまに映る世界を見よ。
なんと茫漠にして矮小な光景か。空はこれほどまでに広く、底知れぬ虚無を湛えている。
天には無限の土と生、そこにあるのは卑小な、されど無限に連なる輝きである。

おお、天上よ、天下よ。この世界に我らは独り、されど全天に満つる星のように輝く我こそは、尊き一瞬の瞬きに他ならぬ。

我は卑小にして偉大。汝は矮小にして広大。



ザリスはそして、世界を認識した。
収束する熱。
拡散する熱。
渦を巻き混沌を生み出し、そしてまた虚無へと帰る連綿と続く有と無の営み、円環を生み出し続けるウロボロスの摂理。


天には熱を。
地には力を。


魔女はそして眼前の虚ろを見る。 巨人よ、世界を亡くした者よ。
今貴様に、世界を教えてやろう。


熱く輝け我が膀胱。
唸りをあげろ我が尿道
ここに見せるは森羅万象(どとう)の摂理(おうぎ)。


始原に刻め。子宮よ震えよ。





天上天下唯我独尊(オルガンローデ)!!!!』

第六の獣〜六娘祭〜

怒れる一輪、剣の華。

たとえ致命傷を受けても返す刀で相手を八つ裂きに切り刻むカウンターの名手。

演じるのは断罪の獣。 弐つの刃が処刑を執り行う。

http://hwm5.gyao.ne.jp/laevatain/character/rokujoumatsuri/1.html

義憤

女は焦げ付いた床を踏みしめて、見た。

その光景を、見た。
焼け焦げ、未だ死に切れず苦悶の声を上げる意思ある植物、ナーナーたちの残骸を。
肉の塊と化して、野ざらしのままになった沼女の無残な姿を。


六娘祭は、その光景をしかと見た。


もし。
もし仮に、この光景を誰かが、悪意を持って演出したのだと推測したならば。
そして更に仮定して、その推測が当たっていたとするならば、その演出家は紛れも無くこの戦いにおける最大の『邪悪』であると、真っ先に排除すべき存在であろうと祭は考え、そして。

怒りに身を震わせたその無防備な首筋に、鋭利な切っ先が食い込んで、


鮮血が、焦げた床を染め上げた。



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ワンダリング・チェイサー

魔女である、とされる前提条件として、魔法魔術の類が使えるというものがある。
この点において、ザリスはこの定義には当てはまる。
ザリスの扱う車椅子は車輪のシャフトを中心として放射状に鋼の支柱が張り巡らされており、それは魔術の基礎円陣(エンジン)である六虻星を描いている。
かような術具、すなわち杖に相当する魔術の媒介を、ザリスは車椅子に代えて使用していた。

杖にして車椅子。攻防移動が一体となった優れたザリスの一部であり、その速度も並みの車椅子と比して(いやそれどころか障害者レースのための競技用車椅子と比較しても)圧倒的に速い。

だが。

だがしかし。
ザリスを追跡するその怪物は、その『圧倒的』を更に圧倒する。

一歩。
ただの一歩、その前進が、大地を揺るがす。
大きく、広く、長く。決して鋭くは無く、素早くは無く、むしろ鈍重そうにさえ見えるその一歩は、されど凄まじいまでの激しさと巨大さでもって一歩だけで圧倒的な距離を稼ぐ。
それはそう、『巨大さ』のアドバンテージ。
例えば、亜音速で飛行する戦闘機が巨大怪獣の腕の一振りで叩き落されるかのような、それはダイナミックに過ぎるスケールの違い。

巨人メテオラは、前進と共に、『大柄』な身体を『巨躯』に、『巨躯』を『巨体』へと変貌させていく。

そう、この鋼の巨人は、あろうことか歩みを進めるたびにその肉体を巨大化させているのだ。
一歩。また一歩。
その一歩ごとに、凄まじい加速を見せる。ザリスの一定した速度では、必ず追いつかれる、そう彼女に確信させるほどに、それは圧倒的な進撃だった!

ザリスは逃げた。それは逃走だった。
だが同時に、それは闘争でもあった。

彼女の本質・・・無様な逃走をもってして苛烈な闘争へと意識を切り替える、醜態と高潔な精神の融合。

無様ゆえにこそ輝きを増す、ザリスという輝き。
この魔女は、無様を晒す中でこそ、本来以上の力を発揮しうるのである。
そしてまた・・・ザリスは激しく振動する車椅子に刺激される下腹部が熱を持ち始めているのを感じていた。彼女は追い込まれていた。
通常の人類の膀胱の厚さは1.5cm程度だが、この厚さは尿が蓄積されるにつれて薄くなる。 満タン時には3mmまで薄くなり、この場合まれに衝撃で破裂する事がある。
もし仮に魔術で加速して速度をあげた場合、車椅子の衝撃が激しくなり、『恐るべき事』が起きる可能性があった。そのような危険は、決して冒せない。


膀胱の容量は、成人で平均して500ミリリットル程度である。個人差を鑑みても約250〜600ミリリットル程度。
だがしかし、このような俗説もある。
どこでも立小便ができる男性と比べ、女性のほうが、普段から我慢することが多いため、容量も大きく、小柄な女性でも1リットル以上我慢できる人もいる。これを俗に「貴婦人膀胱」と呼ぶ。

そして。
ザリスはその車椅子での生活という特殊な状況下で育った為に、膀胱の容量が極めて大きかった。
元来の才能・・・『貴婦人膀胱』に加えたその環境条件は、ザリスの膀胱容量を通常人類のそれよりも遥かな高みへと押しやる事に成功していた。


最大容量1.5リットル。

それが、ザリスの『高貴なる魔女膀胱』のスペックである。



ザリスの膀胱を圧迫する熱量の波は、現在1.4リットルに達しようとする所だった。だがしかし、それはザリスの余裕を意味しない。
限界にややとどかぬとはいえ、途方も無い量の水分が熱を持ってザリスを攻め立てる。
その苦痛たるや、尋常のものではない。
背後からは圧倒的な速度と質量を持った怪物のプレッシャー。
このときのザリスの胸中は、恐らく余人に解説するまでも無いものであっただろう。


ザリスは身も凍るような恐怖の中、熱さに身を震わせながら冷や汗を流すという異常な体験を味わいつつも、何故かその後頭部の、首の辺りに近い地点がチリチリと焦げ付くような感覚を覚えていた。
そしてザリスは、何故だかは自分でも分からず、両手の傍にあるレバーを倒して、車椅子の両の車輪を強制的に分離していた。

当然、慣性に従い車椅子の本体は前のめりに地面に落下(というか滑空)していき、車輪は後方へと取り残されていく。
絶望的な苦境において、しかしザリスはこれこそが自分の奥義であると確信していた。
背後で絶望が音を立てて吼え猛る。

凄絶な熱量が巨人の口から解き放たれる。「メテオラ砲」の爆熱が無防備なザリスを一直線の軌道をとって襲う。



溢れる熱の中で、ザリスの膀胱がたぷん、と音を立てた。

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