王者陥落

恐怖の叫び声を上げて逃げ去っていく少女の後姿を見送りながら、少々悪趣味が過ぎたかなと反省じみた思考の断片が刹那、反射的に脳裏を通過したが、グレンデルヒはその感傷を愛でる事も無く無為に受け流す。
彼にとって感情というものは完全な論理に支配された思考に混じる一要素であり、ノイズとして認識される事すらない。
不規則に思考を行き交う感情という流れには厳密な法則性があり、そうした感情の集積すらも論理的思考によって把握できる情報だというのが、グレンデルヒ・ライニンサルの持論であった。


しかし。


次の瞬間彼の思考に走った衝撃と驚愕という名の感情の奔流は彼に生来備わっているはずの完全な論理的思考を一瞬にして打ち崩し、常人にとっての僅かな精神状態の乱れ、彼にとっての恐慌状態ともいえる苦境に陥らせた。


致命傷だった。
熱いという感覚、血が流れ出る時間すら皆無。通り過ぎた圧倒的な熱量はその全身の血を一瞬のうちに蒸発させ、傷口を焼き尽くして通り抜けた。
認識すら許さぬ圧倒的速度で彼の心臓を打ち抜いたその「何か」は予定調和のようにその羽を広々と舞い散らし、高らかに鳴き声を上げる。
まるで、撃鉄が下ろされたかのような銃声。舞い散るのは業火と衝撃の弾丸だ。
王者の塔にもたらされた弾丸(カタストロフ)は速やかにグレンデルヒの世界を吹き飛ばし、最後の瞬間王者が見たのは、最速にして最強の弾丸を撃ち込んだ『拳銃』の絢爛な姿だった。


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