flamma

この方になら吸われてもいい!

そんなことを思ったのはフィアマにとって生まれてはじめてのこと。
ドキドキと高鳴る胸を押さえつけるように手をあてながら、感嘆の溜息をつく。
こんな燃え上がるような恋情を、今まで経験した事が果たしてあっただろうか?

否、と断言できる。
魔術師団の一団員でしかないフィアマにとってそれは青天の霹靂であった。



「フィアマよ。君は選ばれし獣、テリオンなのだ。終焉の予言に描かれる19の獣の戦いの一人なのだよ」

会ったこともない軍の上層幹部が突然やってきたかと思えば、予言の話である。
これは何かの試験なのではないかと疑ってしまうほどの急な話だったが、直属の上司や魔術師団の団長の説明もあり、話を受け入れることにした。

これは占術師団の総意であるらしく、王も認めた事らしい。受け入れないわけにはいかないだろう。
もっとも、受け入れなくとも任務は果たすつもりだった。フィアマは忠実な軍人だ。
日頃日の当たらない任務が多かったフィアマにとって突然英雄扱いを受けることには抵抗があったが、悪い気はしなかった。

この任務を果たせば、我が国が世界を制することが出来るというのだから。


思い出すのは此処にいたるまでの道筋だった。演じるのは祖国であるローマ帝国に伝わる獣の闘争。
伝承をかきあつめて演劇闘争(ロールプレイ)を行う星見の塔バトルロイヤルでの勝利は、万全の策でもって開始された。
十万の兵はフィアマの手足。肉体の一部ならば参加者の内だとして魔女ノエリーに認められ、軍団を率いて彼女は最強の敵に挑む。
戦場である星見の塔の中に立てられた王者の塔
その中の玉座に座る事を許されるのはただひとり、超越者グレンデルヒ・ライニンサル。
軍団を率いて挑んだフィアマは、しかし突撃の号令をかけた二秒の後、絶望というのも生ぬるい地獄を目の当たりにする。
何が起きたのかすら理解できなかった。
突撃しようとした10万の兵たちが、炙られた蝋燭のように溶解したのである。
急激な速度での死滅。
速やかな敗北に、フィアマは何も出来ずに立ち尽くすのみ。
「ふむ、予告もなしに災厄の剣(レーヴァテイン)を放つのも少々無粋だったかな。しかしまあ、勘弁してくれ。まだ始まって数刻と経っていないのだ。私とて、もう少しこの遊戯の筋書きを楽しみたい。
ほら、最初に出てきた黒幕が圧倒的な力を見せ付けるのは様式美だろう?」
芝居のかかった長広舌とともに前髪を払いのけるその男に、ようやく言い知れぬ怖れを抱いたフィアマは、恥も外聞も無く悲鳴を上げてその場から逃げ出した。
精々健闘して私を楽しませてくれたまえ、という揶揄の声など耳に入るわけも無く、独りになったフィアマは絶望のふちを歩き続けていた。


そこに現れたのは、アルカイックな微笑みを浮かべる、不思議な雰囲気を纏わせたミステリアスな男性だった。
肌を多く露出した大柄な青年。そこはかとないダンディなセクシーさを持ちつつも、瞳には不可思議な知性の光。
多くの男を見てきたフィアマにも、これほど魅力的な異性を見た経験は皆無だった。
参加者の知識は事前に開示された情報により知っていた。
・・・屠殺彦、吸い尽くすダンディズム。
ああ、屠殺彦様。
絶望の中にあったフィアマは、静かに彼の懐に進み出て寄り添った。
「吸って!」
その名が意味する所と同じように、炎のような慕情を込めて言い放つ。


目の前の屠殺彦が、その素敵すぎる外見とアンバランスなほどのうろたえを見せた。
と、いぶかしむフィアマの後方から叫びが奔る。

「危ないフィアマッ!!」


風が空間を吹き抜けた。

http://flicker.g.hatena.ne.jp/Corundum/20080510#p6